岩﨑真紀-text
vol.10

多様性を受け入れ語り合える社会のために

演劇の感想を発信することは、個人的な社会運動だと考えてきた。

そう言うと知人には鼻で笑われたのだが、私は大まじめだったのだ。演劇作品を役割として見始めた当初、札幌演劇界隈には確かに「否定的な感想は発信すべきではない」という「空気」があって、私はその空気が嫌だった。

考えてみてほしい。どんな感想であろうと観客同士には何の利害も生じないのに、なぜ、そのような空気ができるのか。

多くの観客が否定的な感想を言わないのは、一つには「一生懸命にやっているのだから傷つけるようなことを言うべきではない」という優しい配慮がある。…私は「プロとしての覚悟がある作り手に対しては」、むしろこのような考えのほうが無礼では、という気がしている。
また一つには、「人の感情を害するかもしれないことは言わないほうが利口」という計算もある。わざわざ労力をかけて人に嫌われかねないことをするのはバカモノだ。そうだ、空気の正体の一部は「バカだねぇ」という視線でできているのだ。

しかし今、社会はより多くのバカモノを必要としているのではないか。
ネット・テレビ・新聞を日々騒がせているニュースの中には、「大勢の利口な人が関わっていながらなぜこのような制度・施設が作られてしまった・作られつつあるのか…」と考えてしまうものがある。

日本人の大多数は利口だろうと私は思う。だが利口な人は、空気が読める人でもある。同僚や上司、取引先や客の感情を慮って口をつぐむ人たち。人間関係や生活を考えるなら当然のことではあるのだけど、私たちはそれに慣れきって、いざ口を開くべきときにも発言できない、あるいは口を開くべきかどうかの判断力が弱い人間になってしまってはいないか。
利口な人たちは、我慢強く心優しい人たちでもあるだろう。自分が客の立場であっても、クレイマーと思われるのは嫌だし、トラブルで時間を使うのも嫌だし、向こうも忙しいのだし、私が一時我慢すればそれでいいのだから…と口を閉ざして立ち去る人たち。実のところ、私も概ねそうなのだ。

私たちは一体いつ口を開くのだろう。いや確かに、ネット上には社会的なニュースに対する非難・反対意見で溢れている。けれどそれは、自分と相手との関係性が遠いからこそできることなのではないか? 自分がその施設の施工会社の社員だったら。その下請けだったら。あるいは上司の指示で計画書を作る役人だったら。薄々おかしいと思いつつも、生活を守るために賢く口をつぐみ続けるのではないだろうか。

生活がかかっているときは仕方がない、とあなたは言うだろうか。うん、私もそう思う。餓死するくらいなら法に背いてでも闇米を食べて、明日を変えるべきだ。ではここで話を戻そう。誰にとっても何の利害も発生しない演劇の感想において、否定的な感想の発信を厭う空気があるのはなぜだろうか。

…発信するのが嫌なのは、簡単にいえば面倒だからだ。だがそう感じるのは、口をつぐむことが習い性になっているから、という気がする。
そして他人の否定的発信を見聞きするのが嫌なのは、自分とはまるで価値観の違うものについてもまずは受け止めてみる、という幅が備わっていないからではないか…と、これは自分自身を省みて思うのだ。

だが、演劇のように互いに利害関係のないものでさえ「そんなことを言うのはおかしい」「発言すること自体が失礼だ」などと感じていては、言論の自由、価値観の多様性を受け入れた社会など、とうていつくれるものではないだろう。

要するに、私には我と彼と汝との問題が、同じ地平にあるように思えている。私たちは、顔の見える関係性の中でも自由闊達に声を出せるよう訓練するべきだ。そして他者の意見を見て聞いて、脊髄反射で否定するのではなく、きちんと脳みそまで届けて「なぜその意見が嫌なのか」を考えてみる癖をつけるべきなのだ。

私は演劇の感想を書くようになって、人の感想も見聞きするようになり、一つの事象(作品)に対して実に多様な視点があるのだということを実感してきた。そして価値観がまるで違う人間同士で、ひとつの作品を知る時間を共有し、価値観の違いを楽しむというコミュニケーションが可能なのだということを知った。

演劇作品について、価値観の違う意見もひとまず聞いてみようと思える土壌は、あらゆることを穏やかに語り合って解決する社会の醸成に、つながりはしないだろうか…?

さあ、あなたも、他人の視線など気にせずに、自由に演劇の感想を言ってみてほしい。


岩﨑真紀(いわさき・まき)
情報誌・広報誌の制作などに携わるフリーランスのライター・編集者。特に農業分野に強い。来道した劇作家・演出家への取材をきっかけに、北海道で上演される舞台に興味を持つ。TGR札幌劇場祭2014~2016年審査員(予定)、シアターZOO企画・提携公演【Re:Z】2015~2016年度幹事。

この記事をシェアする
感想をメールする