とかち鹿追ジオパーク

火を噴き、凍れた地に、ひとは生きる種を蒔く。

然別湖周辺の風穴地帯は広範囲にわたり、寒冷地の中で生き抜く植物たちが独特の風景をつくりだしている

地平線へ伸びる実りのライン。まっすぐに立つ防風林。なだらかな緑の放牧地。
どこから眺めても絵になる、農業のまち、鹿追町(しかおいちょう)。
この豊かな食を生みだす大地は、
噴火とシバレを繰り返し、100万年もの時間をかけてつくられたものだという。
その物語を知る“風穴(ふうけつ)”を探しに、鹿追の森を歩いてみよう。

森 由香-text 伊藤留美子-photo


本格的な登山愛好者ではないが、山に登ることがある。頂上まで2時間ほどの山でも、絶景を望めるのが北海道のいいところ。大雪山系やニセコ山系、中でも、岩がゴロゴロとした“ガレ場”のある山が好きだ。そのガレ場が、学術的には「岩塊斜面」という名称をもち、ジオパークと深くつながっていることに驚いた。
「岩の種類で咲く花も変わるし、標高によって生える苔も違う。ジオ(地球)の視点で見ると、また違う山登りが楽しめますよ」と、説明してくれたのは、とかち鹿追ジオパーク推進協議会の大西潤さん。

火山が噴火しマグマで覆われた斜面。それが冷えて固まり、重みによって崩れ、岩塊斜面(ガレ場)になる

2013年12月、北海道で5つ目の日本ジオパークに認定された「とかち鹿追ジオパーク」。道内の天然湖の中で、いちばん高い場所(標高810m)にある然別湖(しかりべつこ)を中心に、鹿追町全域が対象になっている。
約100万年前から1万年前、途方もない時間の中で繰り返された噴火が、鹿追の大地をつくり、川をせき止めて然別湖を誕生させた。このダイナミックな火山活動、“風穴”に象徴されるシバレ、生命を育む大地と、3つのテーマがとかち鹿追ジオパークの特徴だ。

とかち鹿追ジオパーク推進協議会の大西潤さん

「まず見てほしいのは、然別湖周辺に広がる風穴地帯。風穴は一般道路沿いにもありますし、森の中に入れば風穴をすみかにするナキウサギを見られるかもしれません」
その名のとおり、よく“鳴く”ので声は聞こえるが、姿はめったに見せないナキウサギ。大西さんについていけばもしかしたら…と期待がふくらむ。
そもそも風穴とは? 簡単に言うと、空気が出入りする穴のこと。ここでは、ガレ場の岩のすき間が空気の通り道になっている。風穴の地下には雪解け水が凍ってつくられた氷があり、その氷に冷やされた冷たい重い空気が下へ下へと移動し、風穴から出てくるという。さらに、湿気を含んだ冷風が吹き出す風穴は、より高い山でしか見られない植物や希少な苔が生育するなど、独特の生態系をつくりだす。
案内された駒止湖(こまどめこ)の探勝路には、全国からナキウサギファンがやってくるそうで、その日も数人のカメラマンと遭遇。そして、幸運なことに風穴から出てきたナキウサギにも遭遇!ファンの皆さんは驚かさないよう静かに、ニコニコと場所を譲り合いながら撮影。この穏やかな雰囲気に、ナキウサギもひょっこり出てきてくれたのかもしれない。

風穴から吹き出す冷風は湿り気を含み、希少な苔が群生して美しい表情をつくる

1万年以上前の氷期に、シベリア大陸から北海道に渡ってきたといわれるナキウサギ

ナキウサギは氷期の生き残り。ここのナキウサギの生息地の地下からは、およそ4千年前の氷も見つかっており、鹿追のシバレの厳しさがわかるというもの。一方で、鹿追といえば、道内でも有数の農業地帯。市街地の周辺には、広大な畑や牧草地が広がっている。人々はどのようにシバレと共存しているのだろう?

氷期に土が凍ったり、解けたりを繰り返してつくられた地形が、放牧酪農に最適な丘陵地帯になっている

鹿追の代表的な農産物のひとつ「じゃがいも」は、収穫後しばらく低温熟成させることで、でんぷんが糖に変わり、甘みが増す作物。ここに目をつけたのが、鹿追特産の「氷室貯蔵じゃがいも」だ。
冬はマイナス20℃にもなるシバレを活かし、地下水と雪で大量の氷をつくり、その氷を搬入した「氷室」でじゃがいもを貯蔵。一定の低温と高い湿度、理想的な環境で寝かせたじゃがいもは、甘みを増し、舌ざわりもなめらかになる。
「いちばんおいしいのは6月~7月。ちょうど道産じゃがいもが無くなる時期、しかも芽が出づらいので、販売先にも喜ばれる。なにより、じゃがいもを食べ慣れた地元の人がうまいと言ってくれるのがうれしいよね」と話してくれたのは、浅野青果の浅野秋人さん。
氷室は、浅野さんが代表を務める「氷室貯蔵庫管理運営組合」で共有。組合員には農業者だけではなく、地元食材を使うファームレストランのオーナーも名を連ねているという。

シバレを活用した、鹿追特産の「氷室貯蔵じゃがいも」を提供する浅野青果の浅野秋人さん

ジオパークの活動の柱は、保全、観光、そして、教育だ。
「鹿追にはジオパーク認定の前から、すばらしい教育がありました。子どもたちがふるさとの自然、環境、人々の暮らしを学ぶ『新地球学』です」と、大西さんはテキストを見せてくれた。
鹿追町には、小学校(5校)、中学校(2校)、高校(1校)と、小中高が連携し、12年間にわたって学ぶ独自のカリキュラムがある。目標は、『ジオに親しみ、ジオに学び、ジオを楽しむ』。小学1年生から「ジオ=地球」の言葉を知り、高校生になるとカナダへ短期留学し、地球環境について英語でディスカッションする。まさにグローバルな教育を、ジオパーク認定の10年前、2003年から実践。
「鹿追の子どもたちは、大人よりも自然や環境に詳しい。この花は何かと聞いたら、すぐ答えられますからね」と、大西さんはうれしそうに話す。

鹿追町独自のカリキュラム「新地球学」。地元の教員とネイチャーガイドの協働によって編成された

「新地球学」のメインは体験学習。身近な自然から地球全体に学びの場を広げていく
(写真提供:とかち鹿追ジオパーク推進協議会)

未来のネイチャーガイドに期待はかかるが、いまの課題はやはり大人たち、ジオパークへの住民参加だ。足元に転がる石、ふだん見慣れた風景、あまりにも身近すぎて、地元の宝ものに気づかないのは、どの地域でも共通した課題だろう。
鹿追町では、ファームレストランや飲食店が「とかち鹿追ジオマスターの店」と看板をかかげ、町やジオパークの魅力をお客さんに伝えている。また、ジオパークの活動を支える町民のボランティア組織「ジオサポーター&ジオガールの会」も結成された。登録者はまだ23名(2016年6月現在)だが、地元向けの風穴ツアーや勉強会を実施し、メンバーを増やしていく予定だ。
噴火とシバレ。自然はとてつもなく厳しいが、人々に生きる種を蒔く大地をくれた。その壮大な物語を確かめに、次はガレ場を登り、山頂から美しい湖と町を眺めてみたい。

火山灰土壌は水はけのよい肥沃な大地となり、日本の「食」を支える農業地帯を生みだした
(ドローン動画提供:大西潤さん)

とかち鹿追ジオパーク・ビジターセンター
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とかち鹿追ジオパーク推進協議会
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