森のまち、下川にて

「一の橋バイオビレッジ」のシイタケとイタリアン

下川町は森林経営やエネルギー自給など先進的な取り組みを数多く行っているが、町の東部にある小さな集落「一の橋地区」でも、未来を担う試みがいくつも始まっている。「一の橋バイオビレッジ」は、人の営みに寄り添いながら、着実に前に進み続けている。
石田美恵-text 露口啓二-photo

かつて名寄本線「一の橋駅」があった場所に生まれた地域食堂「駅カフェイチノハシ」のランチパスタ。地域おこし協力隊でイタリアンのシェフ、宮内重幸さんが腕をふるう

「一の橋バイオビレッジ」誕生まで

下川町中心部から国道を東へ10kmほど走ると「一の橋地区」に到着する。
人口約140人、周囲を山に囲まれた緑の美しい小さな集落だ。1920(大正9)年に鉄道の駅が開設され、一の橋営林署を中心として林業で栄えた。最盛期の1960年には人口が2000人を超え、集落は活気に溢れたという。しかしやがて林業が陰りを見せ始め、1988年に営林署が下川に統合、翌年JRの廃線とともに駅がなくなり高齢化と過疎化が一気に進んだ。

2001年から地区の人たちと町が「一の橋市街地活性化プラン検討会」を開催し、これからの一の橋地区について考えることになった。下川町環境未来推進課の平野優憲(ひらの・まさのり)さんは言う。
「産業がなくなり、住む人が減り、このままではもう先がない。地区の人や町職員に大学の先生など専門家も加わって話し合いを重ね、計画を立てていきました」
その後、2010年に下川町は「一の橋活性化プラン」を策定。老朽化した公営住宅をコンパクトに建て替えることを核に、「一の橋バイオビレッジ構想」が始まった。それと並行して2011年、下川町は国家戦略プロジェクトである「環境未来都市」(※)に選定され、一の橋バイオビレッジ構想は「環境未来都市」の取り組みとしても進められた。

2013〜2014年に完成した「集住化住宅」は、ゆったりした平屋造り(一部2階建て)で高気密・高断熱に設計され、暖房と給湯のエネルギーに下川産の木質バイオマス(燃料用チップ)を使用。燃料用チップの原料は、森林整備の際に出る林地残材などで、森林から生まれる再生可能なエネルギーだ。

※「環境未来都市」構想
日本政府は環境や高齢化対応などの課題に対応しつつ、持続可能な経済社会システムを持った都市・地域づくりを目指す「環境未来都市」構想を国家戦略プロジェクトの一つとして進めている。環境や高齢化対応など人類共通の課題にチャレンジする都市を「環境未来都市」に選定し、国が関連予算の集中、規制・制度・税制改革などの支援を行う。
http://future-city.jp/

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26世帯が入る集住化住宅。それぞれの家は共用廊下で結ばれ、冬も玄関前の除雪が不要。外に出ずに互いの家を訪ねたり、隣接する郵便局や住民センターへ行ったりできる

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燃料貯蔵庫に保管される燃料用チップ。原料はトドマツやカラマツの材が多く、木の良い香りがする

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熱供給施設内。木質バイオマスボイラーは現在2基で、集住化住宅、住民センター、地域食堂、温室ハウス、山びこ学園などの施設へ地下配管を通じて暖房・給湯の温水を提供している

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下川町環境未来推進課の平野優憲さんは、下川町特用林産物栽培研究所(通称「きのこラボ」)の所長でもあり、菌床シイタケの栽培管理を担当する

 

新しい産業・場所・つながり

一の橋地区には新しい住宅や設備だけでなく、いろいろな「芽」も生まれている。
その一つが2014年にスタートしたシイタケの菌床栽培だ。4棟ある巨大な温室ハウスには円柱形の菌床がびっしり並び、ニョキニョキと食べ頃に育った姿も見える。ここから1日約230kgのシイタケを365日間休みなく出荷する。温室の暖房エネルギーはもちろん木質バイオマス。現在ここで栽培に携わる人は26名、大きな雇用の場となっている。

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シイタケ栽培の培養ハウス。菌を植え付けてから約90日間、じっと菌の熟成を待つ

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90日経った菌床からシイタケが伸びて収穫できるのは約10日間。毎日どんどん成長するので次々に収穫

シイタケの隣の温室ハウスでは、町で植林するカラマツの育苗実験も始まった。何の実験? 担当の今井宏(いまい・ひろし)さんが教えてくれた。
「昔はどこにでもカラマツの苗畑がありましたが、林業の合理化が進むなかで、手のかかる種取りや育苗といった作業は集約化が図られ、地域外で取り組まれるようになりました。下川で植える苗木も今は町外産です。でも、本当の意味で『循環型森林経営』を続けるために、種子をとる母樹林(ぼじゅりん)を整備し、苗木を育て、植林できるよう実験を始めたところです」
この試みが実を結ぶのはおそらく何十年も先のことだが、森のサイクルがさらに理想に近づくことだろう。

3年前に地域おこし協力隊として移住した小松佐知子(こまつ・さちこ)さん、山田香織(やまだ・かおり)さんのお二人は、ハーブを無農薬栽培し、それを原料に化粧品を作っている。ちょうどこの日は小松さんが温室でハーブの苗を移植しているところだった。
「自分たちがやりたい仕事は自分たちでつくろう、と思って来ました」と言う小松さん。この4月に協力隊の任期を終え、「SORRY KOUBOU(ソーリー工房)」という会社を設立した。一の橋の森を背景に、これまではなかったハーブ畑の景色がゆるやかに広がっている。

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温室ハウスで作業中の今井宏さん

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一の橋で発芽させたカラマツを丸2年育てた苗木。小さく柔らかな葉がかわいらしい

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カレンデュラというハーブの苗を、根が痛まないように1株ずつ移植する小松佐知子さん

そして、一の橋地区の「お昼ごはん」を大きく変えたのが、「駅カフェイチノハシ」の存在だ。地域おこし協力隊の4名で運営され、シェフはイタリア料理出身の宮内重幸(みやうち・しげゆき)さん。
「北海道に来る前は横浜にいましたが、生まれたのはインドネシアで、その後も国内外の引っ越しが多く『故郷』と思える場所がありませんでした。都内のレストランで働いていたとき3.11の震災があって、食の安全などいろいろなことを考えるようになりました」

年齢的にも40代を目前に、将来の方向を考え始めた時期だった。「自分で決めた場所を故郷にしたい」と思うと同時に、料理人として「良い食材を使える場所」を求めるうちに北海道にたどりついた。まずはニセコに1年ほど、それから下川でシェフを募集しているという話を知ってすぐ移住を決めた。
とはいえ、最初のうちは「仕事をしに来た」という感覚が強かった。それがしばらくして、「自分のまちのために仕事をしている」という気持ちに逆転した。「店には単身赴任のお客さんも多いので、ボリュームのある揚げものに野菜もたくさんつけて、みんなの健康に役立つようにと考えています」と宮内さん。メニューは季節のパスタからトンカツ、餃子、カレー…と幅広く、どれもとびきりに美味しい。また、2ヵ月に1度パスタとピザの食べ放題が開催され、地区のお年寄りにも大好評だ。

協力隊の任期後は、一の橋地区でイタリア料理店を出す計画だ。「ここで生産される食材で料理を作り、住んでいる人が喜んでくれて、他のまちからも人が来てくれるとうれしい」とのこと。もちろん「駅カフェイチノハシ」もそのまま営業し、地域おこし協力隊の仲間たちが続けていく。
下川にまた一つ、大きな楽しみができた。

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「駅カフェイチノハシ」のシェフ、宮内重幸さん。地区の除雪やお年寄りの見守りなども行う。「一の橋は自分で決めたふるさとです」

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「駅カフェイチノハシ」。平日は地区のお客さんが多く訪れ、祝日は遠くからドライブがてら立ち寄る人々でにぎわう

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ランチのパスタセットもボリューム満点。スープには一の橋産のシイタケがたっぷりと

SORRY KOUBOU(ソーリー工房)
北海道上川郡下川町一の橋268
TEL・FAX:01655-6-2822
Webサイト

駅カフェ イチノハシ
北海道上川郡下川町一の橋603−2
TEL:01655-6-7878

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