森のまち、下川にて

川が流れるように

カラマツやトドマツのほか、ナラやタモなどの広葉樹で集成材をつくる製材工場、下川フォレストファミリー

北海道下川町は1953年、1221haの国有林の払い下げを受けたことをきっかけに積極的な植林を開始した。毎年約50ha植林し、60年で伐採する「循環型森林経営」のはじまりである。森で生まれる資源は、川の流れのようにまちのあちこちに広がっていく。その流れをつくり出した一人に会った。
石田美恵-text 露口啓二-photo

「山ちゃん、頼む」

下川町森林組合の組合長を20年つとめ、現在は集成材を加工する「下川フォレストファミリー株式会社」の社長である山下邦廣さん。通称「山ちゃん」が、木の香りに包まれる事務所で私たちを迎えてくれた。
「集成材は原料になる木の節や割れを除き、いいところだけを貼り合わせて作る材木です。この事務所は全部うちの製品を使って社員みんなで建てたんですよ」
会社設立は2014年。それまでは、森林組合の事業の一つとして集成材加工を行ってきた。現在の下川の「循環型森林経営システム」を提唱した前々町長、原田四朗氏が「付加価値の高い木材を生産しよう」と着手した事業で、スタートは1990年にさかのぼる。
「当時、伐採した木を一般製材にする工場は何軒もありました。でも、さらに高次加工を進めて付加価値の高い製品を作る場所が必要だと考えたのです」と山下さん。町内の工場に必要性を訴えて回ったが、「時期尚早だ」「採算が合わない」「うちではできない」と断られた。しかし原田町長の決心は揺るがず、森林組合の山下さんに声がかかった。

下川の森に関わって約半世紀になる山下邦廣さん

「山ちゃん、集成材を頼む」
原田町長はもともと森林組合で山下さんの上司だった時期がある。組合としては初の取り組みだが、町長の熱い思いを受けてイヤとはいえない。加えて、山下さんには密かな自信もあった。たとえ初めてでも、森という大きな資源と、自分たちの熱意と、サポートしてくれる人の力があれば必ずできる、という自信である。これは1981年10月、数十年かけて育てたカラマツ林が湿雪に降られ、壊滅的被害を受けたときに取り組んだ木炭事業の成功から得た経験だった。

「山が一夜にしてダメになり、私たちは夢も希望もなく気力を失いました。しかし、倒れたカラマツをそのままにしておけば腐ってしまう。何とかムダにしない方法はないか」。検討を重ねた末、どこもやっていないカラマツの木炭生産に着手した。何をどうすればいいのかわからないまま、山下さんたちはとにかく突き進んだという。「素人集団ですから、いろいろな専門家に話を聞いて力を借り、みんなで知恵を絞り、新しい木炭窯を作って商品化を達成しました」。このときの取り組みが、「森の資源をムダなく活用し尽くす」という下川の特徴を生み出すきっかけともなり、現在の木質バイオマス利用へとつながっていく。

下川町を東西に流れる名寄川。かつて山奥から伐り出した原木は名寄川を流送で運ばれた

話を集成材に戻そう。1990年に始まった組合の集成材事業は、多角経営により継続してきたものの、単独でみると厳しい経営状態が続いた。廉価な外国産材に押されて業界自体が縮小を続け、1990年に56社あった北海道集成材工業会の会員は、2011年には10社にまで減少した。このままでは森林組合全体の経営にも影響を及ぼしかねない。2012年、ついに組合は集成材事業を継続しないことを決定。苦渋の決断だった。
しかし、町から集成材事業がなくなってしまうと、建設業や家具製造、木工業など他産業への影響が大きく、地域が疲弊することになりかねない。せっかくできてきた下川の森のブランドも途切れてしまう。山下さんたちは話し合いを重ね、あたらしく株式会社をつくって事業を継承することに決めた。新会社設立に向けた準備を進め、山下さんは組合を退職後、その社長を引き受けた。

集成材は原木を一次加工したラミナ(ひき板)を材料に、用途に応じて組み合わせ接着剤で接合し製品化していく

工場で働く人は約20名。山下さんいわく「一人ひとりが目的をもって力を合わせてがんばってくれる。いい人材に恵まれています」

下川フォレストファミリーでは、組合以外の資本を導入し経営基盤を強固するため、町内で資本金の出資を呼びかけた。すると予想を上回り3,250万円が集まった。町民個人も23名が株主となり、一人30万円から最高で200万円を出資してくれた。山下さんが株主たちに「よく出してくれたね」と言うと、「これで儲けようなんて思ってない」という返事が返ってきた。「山ちゃん、この仕事を地域に残してくれ。頼むよ」と言われた。設立から3年、二度の株主総会を経て「みなさんに迷惑をかけないように、なんとかやっていくことができています」と山下さんは言う。

現在、下川町では8社、9工場が製材事業を行っている。森から伐り出した原木を加工する工場から、柱や梁などに使われる構造用集成材、フローリングなどの内装材、割箸、燃料用チップ、製紙用チップなど、さまざまな用途に合わせた工場がある。そこで作られた製品は、住宅となり家具となりボイラーの燃料となる。また、下川を含めて北海道北部は膨大な森林資源の宝庫だが、下川以北に大規模な製材工場が少ないため、近隣から多くの木材資源が運び込まれ、加工され全道全国へと出荷されていく。森からつながる多くの仕事が、まちの人の暮らしを支え、地域を形づくっている。川の源流から水が流れ出し、広大な平野を潤していくように。

その流れは高いところから低いところへ自然に流れているのではない。そこかしこに山下さんのような人がいて、流れをせき止める障害物をエイヤと取り除き、流れが淀まないように、勢いを弱めないように、ありったけの力を尽くしてきたからに他ならない。たくさんの「頼むぞ、山ちゃん」があり、いまの流れがあるのだろう。

3月中旬、下川町に広がる森とまちを望む

下川フォレストファミリー株式会社
造作用集成材(フリー板)、構造用集成材(乾式防腐防蟻処理土台、梁、柱)、内装材(無垢材フローリング・羽目板)など多くの木材製品を生産。多様なニーズに応える高付加価値な製品を生み出している
北海道上川郡下川町南町141
TEL: 01655-4-3544
info●shimokawa-forest.co.jp ※メールを送る場合は●を@に置き換えてください

この記事をシェアする
感想をメールする
ENGLISH