「肝心なのは、犬の痛みを想像すること」
vol.18有限会社ONE OFF PRO 高木浩行さん/札幌市 犬や猫のペット数は、全国で約1800万頭。いまや人間と同じように少子高齢化現象が起きているという。「同じ墓に入りたい」と望む飼い主がいるほど、ペットの家族化は進んでいる。そんな中、犬用の車いすや介護・介助用品を製造する高木浩行さんの存在を知った。部品一つ一つまで手作りするこだわりは、ペットビジネスというよりも、「生きる喜び」を生み出す職人気質にあふれていた。
足が不自由になった愛犬が教えてくれたこと
犬用の車いすを作り始めたのは12年ほど前。飼っていたフレンチブルドッグ、リュウ君の後ろ足が椎間板ヘルニアで不自由になったのがきっかけだ。当時、犬用の車いすといえば外国製が主流で、サイズも合わないし、輸入費用を考えると高額になる。国内にも1社あったが実績もわからないため、高木さんは「自分で作るしかない」と思い立った。もともと食品製造のオートメーション装置や研究機関の実験用機器、バイクや車の装飾部品などを製造する会社だったので、使っていた汎用旋盤やフライス盤などの機械や技術があれば、ある程度の部品は一から自分で作れると考えたのだ。
ところが、愛犬用の車いすが完成するまでは、想像以上の時間と労力が必要だった。「犬は喋らないですからね。どこをどうしたらいいのか、さっぱりわからない。見本は海外メーカーのHPに掲載されていた画像1枚だけ。試行錯誤を重ねて67回目の改造で、リュウがやっと歩いてくれたんです。途中で行き詰まり、ヨーロッパの動物医学書を読んで必死に勉強して、腰に負担をかけない上下の動きを見出しました。車いすは単純に前進すればいいわけではない。完成まで2年かかりました」と笑う。
最も難しいのは、胴体のフィット感。寸法が少しでも狂ってしまえば、その違和感に拒否反応を示し、犬は歩かなくなってしまう。犬の寸法はもちろん、病状、生活環境や習慣を把握しなければ、ベストな車いすはできないという。「たとえば、全く足が動かない場合は、体に車いすをつなげるハーネスを少し浮かせて足の擦れを防ぐ仕組みにした方がいいし、多少なりとも足が動くのであれば、足を接地させてリハビリ程度に歩かせる仕組みにした方がいいし。飼い主さんと犬にとっては生きるための道具なので、そこは安易に作りたくない。部品一つとっても一匹一匹に合ったものを手作りできるし、僕は家の中の間取りや段差、トイレの場所まで細かく聞いてから、どんな仕組みにするかを考えます」と、職人気質なこだわりを見せた。
その犬にとって何がベストかを考え続ける
父が起こした製造工場「高木機械」を継ぎ、犬用の車いすを手掛けるようになった。現在の受注は、犬用の介護・介助用品が7割、企業からの部品などが3割。社名を「ONE OFF PRO」にしたのは、その人(犬)だけのためにオリジナリティのあるものをつくるという心意気を込めたからだ。国内で犬用の車いすを製造している会社は5社ほどあるが、部品の形状や素材一つ一つにこだわり、これほど徹底的に犬や飼い主と向き合ってくれるメーカーは他にあるだろうか。
「動物も人間も同じ。人間だって、こんな装置をつけたらわずらわしいよね。犬の痛みや気持ちを想像することができなければ、この仕事は成立しないでしょうね。単なるビジネスだけで手を出しちゃいけない領域だと思う」と高木さん。道外からの要望に応えることもあるが、基本的には自分の目と手で犬の状態やサイズを確認し、納得がいくまで調整して納品できるのが理想。全国展開に目を向けるよりも、道内・市内からの注文を丁寧にこなし、信頼を築くのが先だという。
「他のメーカーの修理を引き受けることもありますが、ダメになるのが、まず車輪。一番肝心なところが壊れる。うちの場合は、砂の上、砂利道、雪道も大丈夫。たとえば、タイヤはラジコンの部品を使ってコストを抑えても、車軸は手作りのステンレス製にするとか。軽すぎるとカーブで倒れる可能性があるから、そこは手を抜かない」という。冬は車輪の代わりにソリを取り付けたり、若い犬の場合は胸の筋肉を鍛えるために抵抗のあるキャタピラーにしたり、常時、どんな仕組みがその犬にとってベストかを考え続けている。
自動車のダブルウィッシュボーンという仕組みを取り入れ、ヘルニアの再発を防ぐ車いすの開発を成功させた。前後だけでなく、上下の動きを微妙に調整する装置のおかげで、腰が安定して後ろ足に負担がかからず、使い続けるうちに、ほとんど車いすを使わなくても歩けるようになった犬もいる。「飼い主さんの期待が大きい分、こちらも命がけ。仕事を引き受けたと同時に、プレッシャーがのしかかります」
高齢者も飼えるようなシステムも構築したい
高木さんは車いすを作る際に「あくまでも、これはリハビリ用の補助具。体にフィットするまでの調整はしますが、それ以降は飼い主さんとワンちゃんの信頼関係の中でリハビリを行ってください」と説明している。それでも「せっかく作ったのに、全然歩いてくれない」と相談されることもある。そんなときは「まずはジャーキーなどのエサを与えながら…」など、いくつかのパターンをアドバイスする。性格が少しきつい犬でも、3カ月ほど訓練したら、車いすに乗り始める。いままで手掛けた車いすに乗らなかった犬は一匹もいないとか。
構造や仕組みは犬に合わせて考えるが、色や柄などデザイン的なことは飼い主さんの好みに合わせて対応できるのも、高木さんの強みだ。たとえば、生地の部分に愛犬のイラストや写真をプリントしたり、本体をピンクやイエローなど好きな色に塗装したり、オリジナリティを追求することで「少しでも楽しみながら、明るくリハビリしてほしい」という願いが込められている。
まだ、構想段階ではあるが、犬が車いすを装着したまま、疲れたときにいつでも伏せができるような仕組みを開発中だ。AI(人口知能)とミニモーターを組み合わせれば、犬の行動をうまく察知して動いてくれる車いすができるのではないか、と考える。「最先端技術を使ってどこまでやっていいことなのか、課題ではあります。ただ、高齢者が犬の世話や介護をできずに困っているケースが増えてきている。そういう意味で、高齢者も飼えるようなシステムも構築していかなければ。それは、夢というよりも、使命感ですね」と、高木さんは背筋を伸ばした。
有限会社ONE OFF PRO
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