「おもてなし」のまち、上川にて

小さな酒蔵が醸す夢

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上川町は「北海道の屋根」とも言われる大雪山連邦の麓に広がる町。年間200万人もの観光客が訪れる層雲峡温泉を有する

層雲峡の名前は知っていても、どの町の温泉地か知らない人は多いかもしれない。北海道上川町。日本最大の山岳公園「大雪山国立公園」の玄関口に位置し、ダイナミックな自然に抱かれた小さな町だ。その町から聞こえる熱い声に耳を傾けていくと、壮大な夢が浮かび上がってくる。
森由香-text 伊藤留美子-photo

常識を変える「緑丘蔵」

札幌の居酒屋で、隣の席の会話がふと聞こえてきた。
「新しい酒蔵ができるんだって?」「そうそう。杜氏があの川端さんらしい」。
雪降る2月、酒蔵はまだ建設の途中。この後に取材する人たちの注目度がわかる出来事だった。

北海道で12番目となる新しい酒蔵は、北海道のほぼ中央に位置する上川町に誕生。雄大な大雪山系を望み、石狩川の「最初の一滴が生まれる場所」とも言われる名水の里だ。
2016年11月に設立された、上川大雪酒造(株)のホームページには、こんなメッセージがある。

―酒蔵の無かった土地に酒蔵をつくり、その土地にこだわった素材で世界に通用する日本酒(地酒)を醸し、『六次産業化地方創生ビジネス』のイノベーションを目指し、2017年秋の醸造開始に向けて始動します。

外壁の黒は、森の緑や雪の白に映えるように建築士の大島さんが提案。空にまっすぐ伸びる煙突も印象的な外観だ

この春に完成した「緑丘蔵」(りょっきゅうぐら)の面積は400m2ほど。大きさといい、洒落た外観といい、一見すると酒蔵とは思えない建物だ。
建築を手掛けた大島有美(おおしま・ゆみ)さん(アトリエオンド一級建築士事務所)は、「少仕込み・高品質を目指す酒蔵なので、造り手の作業導線や効率の良さを重視しました。外側をぐるっと囲むデッキからは、酒造りの様子を窓からのぞくことができます。旭山動物園の行動展示のように、と言ったら杜氏に失礼ですが」と朗らかに話してくれた。

緑丘蔵を設計した大島有美さん。上川町の「大雪森のガーデン」、「フラテッロ・ディ・ミクニ」のインテリアも手掛けた

緑丘蔵を設計した大島有美さん。上川町の「大雪森のガーデン」、「フラテッロ・ディ・ミクニ」のインテリアも手掛けた

工場内の限られた見学コースを歩くのではなく、造り手を邪魔せずに、ありのままの酒造りを見ることができる。そして、このデッキに立つと、吹いてくる風の心地よさに気づく。「緑丘蔵」のまわりには、美しい緑の森が広がっているからだ。

緑丘蔵を訪れた人は、外側のデッキを歩いて酒造りの様子を見学できる

デッキの窓からのぞいた蔵の中。新品のタンクが酒造りの始まりを待っている

道産子プロジェクトの始動

上川大雪酒造を立ち上げたのは塚原敏夫(つかはら・としお)さん。三重県で休止中だった酒造会社を買い取り、 “移転”する形で酒蔵の新設を計画した人物だ。
「北海道は、日本屈指の米どころとなったのに、酒蔵は11しかなく、道産酒への注目度もまだまだ低い。日本酒には人を呼ぶ力があるので、なんとしても上川町に酒蔵を作りたかった」。
旧知の仲でもあった三重県の酒蔵は、「大雪の名水と北海道の酒米で酒造りをしたい」という塚原さんの熱意を汲み、酒造会社の譲渡を承諾。伝統ある産業だけに、ただでさえ日本酒の製造許可のハードルは高い。その中で、酒蔵の移転新設という前例のないプロジェクトが実現した。

上川大雪酒造を立ち上げた塚原敏夫さん。三國シェフとともに上川町のまちづくりに深く関わる

上川大雪酒造を立ち上げた塚原敏夫さん。三國シェフとともに上川町のまちづくりに深く関わる

「緑丘蔵」の酒造りは、全量道産米を使用し、純米酒のみ。しかも杜氏は、北海道米100%の酒で全国新酒鑑評会の金賞を受賞した川端慎治(かわばた・しんじ)さんとあって、日本酒ファンの期待は高まるばかりだが、塚原さんは少仕込み・高品質にこだわる。
「そもそもの目的が町の活性化で、たくさん売りたいわけではない。上川町に行くと買える、層雲峡に泊まったら飲めるというように、地元優先がこの蔵のスタンスです」。

緑丘蔵は、層雲峡に続く国道39号線沿いに建ち、観光客には立ち寄りやすい場所にある。塚原さんは、町や農協と協力し、蔵の敷地内にマルシェを開くことを計画中だ。
「高速を使えば、札幌から2時間あまり。道外や海外の観光客ばかりではなく、札幌からちょっと足をのばして楽しむ週末も提案したい。たとえば、層雲峡や大雪森のガーデンに泊まり、帰りはマルシェで食材と日本酒を買って、家に帰ってからまた上川の味を楽しんでもらう。この酒蔵が上川の魅力を結ぶ“つなぎ役”になれたらと考えています」。

酒蔵は小さいがまわりは緑豊かな自然。広い敷地を利用してマルシェも計画中

塚原さんには、もうひとつ肩書がある。上川町が整備した「大雪森のガーデン」で、三國清三シェフ監修のレストランを運営する「三國プランニング」の代表取締役だ。
「緑丘蔵は、道産子プロジェクトなのです。私も川端さんも、全国をまわって北海道に帰ってきた人間。道外での経験や人脈をこれから北海道のために活かしたいと考えている。三國シェフも拠点は東京ですが、気持ちは同じです」
塚原さん、川端さん、三國シェフ。上川町には縁もゆかりない人たちを動かしたものは何だろう? 小さな町の、大きな夢を追ってみたい。

北海道上川郡上川町

北海道のほぼ中央に位置する、人口3741人(2017年3月現在)のまち。年間約200万人が訪れる「層雲峡温泉」、大雪山系を間近に望む「大雪森のガーデン」など、観光業を軸とする。もう一つの基幹産業は農畜産業と林業。標高が高い地で育つ「大雪高原牛」や「大雪高原野菜」は、町の特産ブランドとして全国へ流通している。
WEBサイト

上川大雪酒造(株) 緑丘蔵
日本酒文化の継承と地域活性化を目的に、上川町に酒造会社と醸造蔵を新設。上川を中心とする北海道産の酒造好適米と大雪山の天然水を原料に、全量純米酒の酒造りを行う。北海道の豊かな食材・料理とともに味わう、新たな道産酒を提供できるよう、2017年秋の本格稼働を目指している。
WEBサイト

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