一歩踏み出す若者の居場所「EBETSUto」とは

大学を卒業する仲間を送り出すパーティ。学生らしいアットホームな会は送られるメンバーの心にずっと残り続けそうだ(写真提供:NPO法人みなと計画)

江別市には4つの大学がある。酪農学園大学、北海道情報大学、札幌学院大学、北翔大学――実は学問を志す若者であふれるまちなのだ。こうした江別にかかわりのある学生とまちとをつなぎたいとの思いから生まれた「EBETSUto」という活動がある。いったいどんなことをしているのだろうか?
光井友理-text 伊藤留美子-photo

“江別愛”育て関係人口増やす

「大学生のやってみたいを実現する」を軸とするEBETSUto。江別市の事業で、NPO法人みなと計画が受託して運営するプロジェクトだ。参加メンバーの学生が提案する様々な企画を、社会人のコーディネーターがサポートして、いくつも実現してきた。

発起人の一人である橋本正彦さんや参加する学生らに話を聞いてみた。インタビューの場所は商店街にあるアットホームな雰囲気が素敵なカフェの2階。なんだか秘密基地のようなところで、ここもEBETSUtoの活動で利用するそうだ。
「これだけ学生がいるのに、働き口が十分あるわけではないこともあり、卒業後に残る人は少ない」。就職のため札幌や道外に出て行ってしまうのが江別市の現状だという。
「そこで考え方をシフトした」と橋本さん。「江別で過ごす学生時代に、まちに愛着をもってもらいたい。その後は人生のいろんな転機で戻ってくるもよし、別のかたちでかかわるもよし。そうした関係人口を増やしたい」。そんな思いで学生の挑戦を後押ししてきた。

橋本さんは江別の多様なまちづくりに関わっている

ちなみにEBETSUtoの名前の由来はというと、「to(と)」は「助っ“人”(すけっ“と”)」「玄“人”(くろう“と”)のように「人」を意味する「と」からとり、「江別の人」を表した。それを英語にすると「~へ」を何かに向かうことを表すことから、「江別のまちと何かをする」といった意味を込めたそうだ。

プロジェクトが立ち上がった5年前はコロナの真っただ中。最初に参加した学生は5人程度で、打ち合わせもオンラインばかりだったという。コロナが落ち着いてからは月に1回ほどは直接顔を合わせる機会をつくるようにしている。
EBETSUtoは学生がやりたいことのアイデアを出し、コーディネーターと呼ばれる社会人メンバーが、学生と地域の企業とをマッチングするなどしてアイデアの実現を後押しする。適した企業探しはコーディネーターがサポートするが、いわば学生発信型の活動だ。

参加者のなかには、江別と縁もゆかりもなく、友達を増やしたいという思いで参加する若者も少なくない。「明確にやりたいことがある学生もいるけれど、何かやりたいけれど具体的に何をしたらいいか分からないという学生もいる」(橋本さん)ため、普段はそれぞれ別の仕事をしているコーディネーターたちが、面談などを通じて学生たちの思いをくみ取っていく。

 

アートでもカフェでも「やりたい!」を後押し

学生のアイデアは様々だ。江別のまちをイメージした香水を作りたいという学生には、市内で香水をつくっている企業を紹介し、不登校の子を支援したいとの思いを持つ学生がいれば、支援施設や保護者の会などとつなぐ。商店街の縁日でブースを出したこともあり、「学生と地域の子供たちが楽しく遊ぶ姿が印象的だった」(コーディネーターの櫛引康平さん)という。
コーディネーターの一人である馬場航平さんは、本業で中学校などのキャリア教育に携わっていることもあり、学生の悩みや思いを聞き、背中を押してきた。「学生の声、特に小さなつぶやきを聞き逃さないことを大事にしている」と話す。

左からコーディネーターの櫛引康平さん、馬場航平さん、学生メンバーの高橋志穂さん

「壁に絵を描きたい」といった唐突にも思える学生の思いつきにもコーディネーターは全力で応える。「そもそも江別で壁に絵を描けるところなんてあるのか?」と思いつつも、学生と何度も企画書を練り直し、洗車場を営む地場の企業が壁を貸してくれることになり、実現にこぎつけた。学生らは経営者ともよい関係を築いて、昨年も再び描かせてもらったという。
江別蔦屋書店で演劇を披露するプロジェクトは企画から公演まで1年以上。ネットラジオは卒業生もかかわりながら、細々とだが長く続いている。
1~2年目はコーディネーターをしていた橋本さんは、今は市とのやり取りや資金面など裏方としての仕事に徹する。利益目的の活動ではないぶん、活動資金の部分は厳しいところもあるが、続いてきたのは若者の心に残る体験をさせてあげたいという思いがあるからこそだろう。

学生メンバーの高橋志穂さんは、コロナ禍で入学、酪農学園大学で管理栄養士になるべく学んでいる。「何かやりたいけれど自分から言い出せない、何をしたらいいか分からない」との思いがあり、SNSで知ったEBETSUtoに興味を持った。
さつまいもが好きだからさつまいもカフェをやりたい!というまっすぐな発想で実現できてしまうのがEBETSUtoの良さだろう。「さつまいもご飯やスイートポテトタルト、焼き芋ブリュレなどを作って販売しました」とはにかんだ笑顔で教えてくれた。ほかにも江別市内でバス旅に挑戦したり、夕方に商店街でラジオ体操をする取り組みに参加したり、江別で働く人へインタビューしてみたり。卒業後は地域おこしにかかわる仕事をするそうで、「人とのつながりを大切にしていきたい」と意気込む。


縁日への出店、夕方のラジオ体操、高橋さんが発案し、メンバーが手伝ってくれたさつまいものカフェなど、EBETSUtoの拠点「menkoiya」がある大麻銀座商店街を舞台に実施される活動も多い(写真提供:NPO法人みなと計画)

現在はコーディネーター5人、登録している学生は30人弱。5年間の活動で見えてきた課題は、学業やアルバイトで多忙な学生が、企画段階からかかわるにはどうしたらいいか、そしてEBETSUtoの面白さをどう知ってもらうか。立ち上げ段階とは違い、そもそも企画を出す学生が減ってきていること。
「昨年はコーディネーターたちで大学を訪れて先生や学生と交流し、EBETSUtoの活動を知ってもらう機会をつくった」と櫛引さん。
大人はつい継続的な活動や成果を求めてしまいがちだが、一見突拍子もないアイデアに聞こえても、頭に思い浮かび、企画を練り、実現した達成感、それを江別のまちでやったんだ、という思い出は学生の心の中に確実に残るだろう。
これからこの活動がどうなるか、ぜひ学生に寄り添い背中を押し続けてほしいと願いながら大麻銀座商店街を後にした。

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