北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
【デザインする仕立て職人】

「デザインから縫製まで人任せにしない」

vol.25 
力縫製室 熊谷 力さん/札幌市
「流行は追いかけない。全く興味ありません」と言い切るのは、洋服のデザインから、パターン制作、縫製の仕上げまで一人でこなす熊谷力さん。現代のファッション業界では、それぞれの工程を分業するのが主流なのに、熊谷さんの洋服作りは、まるで昔ながらの仕立て職人のようだ。コロナの影響を受けて倒産するアパレル会社も多い中、その確かな技術はしっかり前を向いている。
矢島あづさ-text 伊藤留美子-photo

流行を追わず、シンプルに、少し遊ぶ

熊谷さんが大切にしているのは、自分が作りやすくて、持ち主が着やすいと感じられる洋服作り。要望に耳を傾けながらデザイン画を描き、基本となるパターンを引き、縫製も外注せずにボタンを付ける最後の最後まで徹底して自分で仕上げていく。「いくらデザインが優れていても、洋服の良し悪しは縫製で決まる。一切手抜きはしない」が信条である。

縫製工場に20年勤めて身につけた縫製技術が、その揺るぎない信条を支えている。「大きな工場であれば、襟だけとか、袖だけとかパーツしか縫っていなかったと思います。でも、4人ほどの工場でしたから、“丸縫い”といって一人の職人がすべての工程を仕上げていました。その経験はとても大きい」。

「力縫製室」を起ち上げたのは8年前。「勤めていた工場は、学校指定のジャージや企業の制服などを製造していましたから、きっちり仕上げるのが大前提。最先端の流行を生み出すファッショナブルな世界とはかけ離れていましたが、服飾の基礎を学ぶことができました。独立したのは、自分のデザインで洋服作りをしたくなったからです」。

ウエディングドレスから特殊な衣装まで、オーダーメイドを受けてきたが、コロナ禍で外部からの注文が激減した。昨年のYOSAKOIソーラン祭りの中止で打撃を受けた同業者もいる。そんな中、熊谷さんがいま最も力を入れているのは、オリジナルブランド「Chic Art」のシャツだ。「シンプルだけど、少し悪戯しているような遊びのあるデザイン。白や黒といった定番の色でも、襟やポケットなどに、ちょっとした仕掛けをするだけで個性的なシャツになる。性別のボーダーラインもなく、身長や体格を選ばないサイズを基本にしています。縫製をしっかりチェックするお客さんにも評判がいいんです」

「シャツの生地には、パリッとしたシルエットを出しやすいコットンタイプライターを選びます。
あと、ボタンは絶対、貝釦」と、素材にもこだわる

「僕の道具は貰い物が多い。このハサミも、刺しゅう職人からいただいたもの」

熊谷さんのシンボルでもある白衣をリメイクしたような作業着は、とても人気が高く商品化された

8歳の頃から遊び道具は裁縫箱

力縫製室には、7台のミシンが置かれている。ニットカット、テント生地、革も縫える工業用、繊細なフリルやチュールなどを仕上げる巻ロック、ボタンホール専用、Tシャツの裾専用など、作業によって使い分けるそうだ。「何でもできるミシンは、何もできないミシンと同じ。それぞれ得意分野があるんですよ」。

美幌町出身の熊谷さんは、高校卒業後、総合美術専門学校に進学するため札幌へ出てきた。ファッションコーディネート科を専攻したが、特に服飾関係の仕事に就きたいわけでもなかった。ただ、バイト先の古着ショップで古着を解体してリメイクする楽しさを覚えた。本格的にミシンの技術を身に付けたいと就職先に選んだのが縫製工場である。ここまでは、よくあるケースかもしれない。

しかし、子ども時代のエピソードを聞いて驚いた。8歳の頃から針と糸が遊び道具、裁縫が趣味だったという。当時「超合金マジンガーZが欲しい」とねだっても、親には買ってもらえず「欲しければ、自分で作れ」と言われるばかり。家庭科でエプロンを作る授業があり、針と糸と布さえあれば何でも作れるおもしろさを知り、裁縫箱を片手に遊ぶようになった。

中学年の夏休みの自由研究で、かなり完成度の高いタイガーマスクの覆面を作った。クラスの優秀作品として廊下に並べられ、ある日それが盗まれた。その時、熊谷少年は「本当に欲しいと思ってくれた人がいた。やった~!!」と、心から喜んだ。その後、マスクをたくさん作って友達に配り、みんなでプロレスごっこをしたことが、いまも忘れられない思い出だ。そんな小学生時代の「おもしろい。楽しい」を職業にできている人が、この世にどれほどいるだろう。

「フルオーダーも、カスタムオーダーも、リメイクも、何でもOK! 巾着だって縫いますよ(笑)」

10歳頃、フエルトで作ったマスコット人形「オヨネコぶ~にゃん」(写真提供:力縫製室)

思いつくままにイラストも描く。Tシャツにプリントすると「なんか、いい」と高校生が買ってくれた

細部を評価してくれる人がいるから

力縫製室は、創成川沿いに建つビルの4階にある。路面店ではないので、通りすがりの人がふらりと立ち寄ることは、まずない。「ここまで上がって来てくださるのは、本当に僕の洋服を求めている方。アトリエがメインなので、1階だったら接客で仕事にならなかったかもしれません」と笑う。3年ほど前から、大丸や東急百貨店、マルヤマクラスの催事場などに短期間出店し、ポップアップスタイルでオリジナルブランド「Chic Art」の洋服を販売している。

熊谷さんの服を選ぶのは、若い年齢層よりも40代から80代までの、個性的なファッションを楽しむおしゃれマダムが多いらしい。おそらくバブル期に思いっきり遊び、あらゆる贅沢なデザインを目にした世代にピンと届く何かがあるのだ。あるイベント会場で、ヒョウ柄のロングコートを着こなし、ハイヒールを履く70代くらいの女性が近づいてきて「この服、全部あなたの作品?こんなセンスのいい方、札幌にいたのね」と褒めてくれたことがある。話を聞いてみると、その方も服飾デザイナーで、現在は自宅でオーダーメイドを受けているプロだった。

「こういったデザインだけでなく、しっかり細部の縫製まで認めてくれる目利きのお客さんがいるから、やりがいがある。手抜きは絶対にできません。そのうち、移動販売車でいろいろな地域へ出かけて行くようなシャツ屋をやりたい。飲食や雑貨で許可が下りるのだから、できないことはないと思うんですよ」と熱く語る熊谷さん。いま、テキスタイルを学んでいた頃に染めた麻布を引っ張り出してきて、私はとてもムズムズしている。いつ、力縫製室で仕立ててもらおうか。きっと、洋服作りが趣味のフォトグラファー伊藤ちゃんも、買いためたリバティ生地の前で、あれこれ妄想しているに違いない。

催事会場には、ブランドイメージに合うトルソーやハンガーラックもすべて持ち込む

息子が3歳の時、妻が着ていたライダーパンツを革ジャンにリメイクした

息子の七五三の衣装は、すべてパパの作品だ(写真提供:力縫製室)

(写真提供:力縫製室)

春は木綿 個性を楽しむシャツとブラウス
3人のデザイナーによる個性あふれるシャツやブラウスを集めて。
■2021年4月11日(日)~25日(日) 10:00~18:00(最終日は17:00まで)
■オールドスタイルホテル函館五稜郭5F (函館市本町29-23)
参加/かわいきみ子、熊谷力、宮ノ腰直也、大滝郁美(綿麻ストール)

玄素(クロス) vol.1 / 服飾の要
シャツ、帽子、アクセサリーなど、質の高いmade in japanにこだわる
5人の作家集団「玄素」が提案するデザインのいま。
■2021年4月14日(水)~20日(火) 10:00~20:00
■大丸札幌店7F 暮らしの彩り(札幌市中央区北5条西4丁目7)
出店/Y,COLLECTION縁、Pere・Mere、力縫製室、Great Spirits、Chi-no


力縫製室
営業時間/10:00~18:00
定休日/日曜日 
北海道札幌市中央区南1条西1丁目15-3丸美ビル4F(創成川通り沿い)
TEL:011-215-0124
Webサイト

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