「株式会社フプの森」代表を務める田邊真理恵さんは北海道千歳市出身。以前は札幌で生花店に勤め、ずっと森と関わることに興味があり、下川町には何度も遊びにきていたという。当時は下川町森林組合の事業の一つだった、トドマツの枝葉からアロマセラピーなどに使う精油(エッセンシャルオイル)を製造する現場を知り、「いつか自分もこんな仕事ができたら」と思っていた。
「もともと下川の森が好きで、お客さんとして遊びに来て、外から応援する側だったんです。そのうちたまたま担当者が辞めると聞いて、じゃあ私がやります!と立候補しました」と田邊さん。なんという行動力。2007(平成19)年に下川へ移住し、森林組合に就職して1年間、研修を受けながら仕事を覚えた。
その後、事業は町内のNPO法人「森の生活」に移管され、田邊さんもそちらに移った。さらに2012(平成24)年、森林組合時代に精油事業を担当していた先輩方3名とともに「株式会社フプの森」として独立、現在にいたる。その間少しずつ製品の種類を増やし、新ブランドを展開するなど、以前より気軽に「使ってみたい」と手に取る人が増えた。
トドマツのことを、アイヌ語で「フプ」という。
トドマツは、北海道に生えるマツ科モミ属(いわゆる"もみの木")唯一の種で、天然林にも人工林にも多く見られる、まさに北海道を代表する樹種だ。先日のムーンウォークでガイドをしてくれた富永さんも言うように、トドマツにはさわやかな香り成分が含まれていて、その若い枝葉を集めて釜に入れ、水蒸気をかけて蒸留すると、精油(エッセンシャルオイル。植物に含まれる芳香成分で、水に溶けない)と芳香蒸留水(水溶性成分を含み、ほのかに香る水)ができる。「フプの森」はこれらを原料に、化粧水や石けん、ハンドクリーム、フレグランススプレー、キャンドルなど、さまざまなアイテムを生み出している。
下川の精油づくりについて、少し前のことも説明したい。
スタートは1998(平成10)年。それまでは、木を伐った際に出る大量の枝葉は使い道がなく、林内にそのまま残されていた。しかし地面に放置しておくと他の植物が育ちにくく、森林環境としては好ましくない。また、森から得られる資源は枝葉の先まで、あますところなく利用するのが下川の理想である。そこで目をつけたのが、当時はまだ国内製造がめずらしかった精油だった。何もないところから手探りで研究を重ね、2000(平成12)年には精油製造所ができ、本格製造を開始。それから7年間は組合の事業として製造を続け、前述の田邊さんとの巡り会いにつながる。
精油づくりに関わる人たちは、この約20年でいろいろに交代したが、最初に生まれた信念は途切れなかった。その実現のために研究が重ねられ、そこに飛び込む田邊さんのような人がいて、すべてをゆったりと受け入れつつ森と人の営みは続いていった。下川は「森と生きる」いう指針を胸に、多くの人を巻き込み、惹きつけながら進み続ける。まるで確たる意志を持った、ひとつの生き物のように。
2016(平成28)年10月に「しもかわ観光協会」の事務局長となった高松峰成(たかまつ・ほうせい)さんは、東京からの移住者。北海道移住フェアで、下川のブースを訪れたのが移住のきっかけだ。
「貼ってあったポスターを見て、他とは違っていて、どこか新しく面白いと感じ、話を聞いてみようと思いました」。ほかの地域は有名な観光地を掲げるところが多いなか、下川のポスターには夜の森の景色や子どもの笑顔、バーブティのカップなど、まちの日常的な風景が並んでいた。当時東京でメーカーの営業職についていた高松さんは、そこで詳しく話を聞き、「新しい場所で自分の世界を広げてみたい」と移住を決めた。二人暮らしの妻には事後報告。でも実家が北海道東川町だったこともあり、すぐに賛成してくれた。
「下川の観光協会の役割は、外から来るお客様に情報を発信するのはもちろん、町内に住む人自身が毎日を楽しみ、快適に暮らすための仕事が大切だと思っています」という高松さん。
誰もが知る大きな観光地はないけれど、住む人が楽しいと感じる場所があること。日々の幸せをみんなが実感できること。高松さんを引き寄せたポスターには、その思いがにじんでいたのかもしれない。移住したての新事務局長に、地域がこれまで積み上げてきたものがしっかり受け継がれている。そのうえ、「まだ来たばかりなので、外から見た下川の面白さを伝えるのが僕の役目」と高松さん。受け継がれる思いと新しい目と。鬼に金棒、これからが楽しみだ。
株式会社フプの森
北海道上川郡下川町北町609
TEL. 01655-4-3223
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NPO法人しもかわ観光協会
北海道上川郡下川町共栄町1-1 まちおこしセンター コモレビ内
TEL:01655-4-2718
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