「おもてなし」のまち、上川にて

上川町に移住した杜氏

川端杜氏を囲む「酒蔵支え TaI」の皆さん。上川町のマスコットキャラクター「かみっきー」も駆け付けてくれた

川端慎治さん。北海道の日本酒党には広く知られた杜氏で、前に在籍していた酒蔵を辞めた時は、復帰を求める署名運動が起こったほどだ。その杜氏が約2年ぶりに酒造りの現場へ帰ってくる。選んだ職場は、上川町に誕生する新しい酒蔵。完成したばかりの「緑丘蔵」へ噂の杜氏を訪ねた。
森由香-text 伊藤留美子-photo

道民が愛する、飲まさるお酒

日本酒のことはあまり…という読者のために、川端慎治(かわばた・しんじ)さんのことをまず紹介したい。北海道小樽市生まれ。金沢の大学時代に出会った日本酒に衝撃を受けて酒造りを志し、日本各地の酒蔵で経験を積む。2010年、金滴酒造(新十津川町)の杜氏となり、翌年、道産米のお酒で全国新酒鑑評会の金賞を受賞し、金適酒造の名前を世に広めた。

「40歳になったら北海道に戻ろうと決めていました。それまで酒造りに道産米は使っていなかったのですが、北海道の酒蔵としての個性が必要と考え、道産米100%に挑戦してみたら、思いのほかうまくいったという感じですね」と、穏やかな口調で当時を振り返る。

日本酒に使うお米は酒造好適米と呼ばれ、今も頂点に立っている品種が「山田錦」(やまだにしき)。近年、北海道米の品質向上は目覚ましく、「吟風」(ぎんぷう)、「彗星」(すいせい)、「きたしずく」の3種類が酒造好適米になっている。川端杜氏は、これらの酒米の旨みを生かした“道産酒”を次々と造っていく。

新しい酒蔵で準備に追われる川端杜氏。「上川の良質な水を使うと、どんな味わいになるのか」、酒造りの第一歩から検証する日々が始まっている


「コストをかけて本州の米を取り寄せるより、足元にいい酒米がある。そして、誰がどこで作ったお米なのかわかることこそ酒造りには大切。これは北海道に戻ってきてから見えてきたこと」。
そんな杜氏が現場から離れ2年がたち、そろそろ酒造りがしたい、どこかの蔵へ行こうかと考えていた時に、上川大雪酒造を立ち上げた塚原代表から依頼がきたという。

「塚原さんが目指す、少仕込み・高品質の酒造りは、自分もやりたかったこと。真新しい酒蔵で一から始める不安とプレッシャーはありましたが、前例のないプロジェクトに参加できる面白さが勝りました」。

4月に完成した上川大雪酒造の「緑丘蔵」。寒冷地のためエネルギー効率を良くするようコンパクトに設計されている


麹をつくる麹室は、温度・湿度の調整が必要なため普通は窓がない。緑丘蔵は見学できるように高断熱ガラスの窓を設けている

果たしてどんなお酒ができるのか。川端さんにもまだ見えないが、決めていることがひとつある。それは、北海道の言葉でいうと「飲まさるお酒」を造ることだ。
「日本酒の分類で言えば食事によく合う『食中酒』。おいしい北海道のものを食べながら、お酒も一緒に楽しむ。飲まさるお酒こそ、道民に愛される“道産酒”の理想だと思っています」。

杜氏を迎えた「酒蔵支え TaI」

「緑丘蔵」が誕生するのは、北海道のほぼ中央に位置する上川町。大雪山系の天然水が湧き出し、隣町の愛別町では酒米の生産が盛んで、酒造りに適した地と言える。

そんな風土からか、町にはもともと「ライスワインクラブ」という日本酒の愛好会があったという。当然、「わが町に酒蔵ができる、あの川端杜氏がやってくる」と、会のメンバーはおおいに盛り上がった。その流れで、「自分たちに何かできることはないか」と、自発的に応援団を結成。「酒蔵支え TaI」は、緑丘蔵に関わることは何でもサポートするという町民有志の会だ。

町民有志で結成された「酒蔵支え TaI」。中には「お酒は飲めないけれど川端さんを応援したい!」というメンバーもいるそう

町民有志で結成された「酒蔵支え TaI」。中には「お酒は飲めないけれど川端さんを応援したい!」というメンバーもいるそう


川端杜氏は、「移住してきたものの、まったく知り合いがいない土地。皆さんが温かく迎えてくれて、本当にありがたかった」と話す。現在のメンバーは25人ほどだが、酒米の生産者や層雲峡温泉の関係者など、応援はどんどん広がっていく勢いだ。

搬入された新品のタンクに、冷却マットを取り付ける作業があり、早速「酒蔵 支えTaI」が駆けつけて作業を手伝ったという


新品のタンクにはまだ何も入っておらず、麹室には新しい木の香りが漂う。それでも、小さな酒蔵にはたくさんの期待や希望が満ちている。この酒蔵が上川町にできたことも、決して偶然ではない。10年前から進行中の「旭ヶ丘プロジェクト」が大きく関わっている。次回は、地元をひとつにしたプロジェクトについて。

日が暮れると、柔らかい明りが緑丘蔵をライトアップ。町に新たなシンボルが灯る(写真提供:上川大雪酒造)

上川大雪酒造(株) 緑丘蔵
日本酒文化の継承と地域活性化を目的に、上川町に酒造会社と醸造蔵を新設。上川を中心とする北海道産の酒造好適米と大雪山の天然水を原料に、全量純米酒の酒造りを行う。北海道の豊かな食材・料理とともに味わう、新たな道産酒を提供できるよう、2017年秋の本格稼働を目指している。
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