森のまち、下川にて

危機感とワクワク感

下川町ではじまった「森とイエ」プロジェクトは、地元工務店の危機感からスタートした。このままでは地域経済が疲弊してしまう———そうした切実な気持ちに加え、かれらの胸にともった熱い職人魂と新しい出会いへのワクワク感がプロジェクトの大きな力になっている。
石田美恵-text 露口啓二-photo

下川町のトドマツ林。木々の間にある幅広い作業道は、重機などを使って効率的な森林整備をするために欠かせない(写真提供:下川町)

足りないものを探し、新しく見えてきたものは

下川町出身の山形盛之さんは、前回紹介した「森とイエ」プロジェクト、工務店メンバーのひとり。このプロジェクトの活動がどんなふうに始まったのかを聞いた。
「まちの人口減少と高齢化が続くなか、新しく家を建てる人が減り、町内の年間住宅着工数はついに一ケタにまで減りました。われわれ工務店の仕事は、顧客の絶対数が少ないうえに札幌や旭川から大手ハウスメーカーが入ってきて、このままでは地域経済そのものが立ちゆかなくなるかもしれない。この状況を打破する秘策はないか、町内の工務店が集まって考えたのがスタートです」

道北の下川町は冬の気温がマイナス30度を下回ることもあり、夏にはプラス30度を超すという厳しい気象環境で、冬暖かく夏涼しく暮らせる家が切望される。地域の工務店はそれに応えるべく長年にわたって高い技術を身につけ、環境に合った家を追求してきた。つまり、「腕には自信がある」のだ。しかし顧客はハウスメーカーに流れてしまう。自分たちには何が足りないのか。

「デザイン力や提案力、企画力が弱いんじゃないか」
山形さんたちはあちこちに相談し、札幌を中心に活躍している建築家を紹介してもらった。建築家と工務店がタッグを組んでそれぞれにできること、得意なことで連携しようと考えた。その後、どんな家づくりの「しくみ」を作るか、何を目指すのか、約半年にわたって話し合いを重ね、プロジェクトの方向性が見えてきたという。

「森とイエ」プロジェクトメンバーの山形建設、山形盛之さん


そこには地域の工務店としての使命と覚悟がにじんでいる。
安心して暮らし続けられる社会と地域に貢献する。下川や北海道の森林資源を生かす。愛着を持てる街並みをつくる。快適な暮らしと環境負荷低減を両立する。
そのために、自分たちの持てる技術と経験を使う。メンバーの建築家と工務店は、互いに同等の「パートナー」として家づくりに関わる。

しかし実際に仕事が始まると、ことはスムーズには進まなかった。
「私たちはこれまで建築家と関わる仕事をほとんどしていませんでした。自社で設計して施工もするので、設計図はすべて自分の頭のなかにあり、それを組み立てていけばいい。でも建築家が入るとそう単純にはいきません。設計図の奥にある建築家の意図をくみ取り、形にしなければいけない。これが難しかったし苦労しました。ぼくはこれでいいと思っても、建築家からみると違うという場面があったりね」

たとえば、山形さんがやってきたフローリングの仕上げ一つとっても、これまでとは全く違っていた。工務店のスタッフ総出で何度もやり直し、「全員の手の皮がむけるくらい」丹念にやすりをかけてやっと完成。徹底的に美しく仕上げた。「困難に直面すると自分でも意外に『燃える性格』だってことがわかりましたよ」と山形さんは笑う。

建築家のやり方に合わせるだけではない。
「下川と札幌は気象条件が違うこともあり、変更したほうがいいと提案することもあります。建築家の小倉さんとは意見が合わず、ケンカすることもあったけど、雨降って地固まる、です。互いに仲間として尊敬して仕事ができる。そして最後は、建築家もお客さんも一緒に『いい家ができたね』と言い合えるのが本当にうれしいんです」

また、町内外から多くの視察者が来るようになり、さまざまな人と新しいつながりが生まれた。「これは人生の宝です。プロジェクトの成果はまだわずかですが、地域の経済を活性化し、今後につながっていくと感じます」と話す山形さんの表情は明るく期待に満ちている。人は危機感に押されて動き始めるけれど、前に進み続けるためには、ワクワクする気持ちが欠かせないのだ。

2016年11月に下川町で開催した「森からはじまる家づくりツアー」の様子。町内外から多くの人が訪れた。上の写真で説明しているのは、建築家メンバーの一人、中館誠治さん(写真提供:森とイエ)

ビジネスが生まれるところ

もう一人、「森とイエ」プロジェクトの調整役、コンセルジュを務める下川町ふるさと開発振興公社の相馬秀二さんに話を聞いた。この財団には、1998年に設立された「クラスター研究会」を前身とする「クラスター推進部」という部門がある。ちょっとわかりにくいが、何をするところなのか。

「私たちは、個人でも企業でも、町民がビジネスとして何か新しいことを始めたい、というときにお手伝いをする組織です。黒子というかコーディネーターというか、必要な分野の人材を紹介したり、専門的な手続きや申請を手伝ったりいろいろなことをします。町内で解決できない課題は外部の力も借ります。それでこそクラスターですから。
『森とイエ』プロジェクトもここに持ち込まれた相談の一つ。みんな自分だけが儲かればいい、というのではなく、地元の団体やほかの企業も巻き込んで、下川町そのものが存続することを見すえた活動ばかりです」

一般財団法人下川町ふるさと開発推進公社 クラスター推進部部長 相馬秀二さん

まちの新しい動きを支え続ける相馬さんが、こう話してくれた。
「1998年に『クラスター研究会』ができ、役場の職員や主婦、会社員、学生と多様なメンバーが参加しました。そこで生まれたアイディアが、10年後、15年後に実現しています。たとえば、バイオマスエネルギーや移住者対策など、全国的に見ても先進的な活動につながっています。それらのスタートには、まちに鉄道の駅がなくなり、人口がどんどん減って産業が減って、このままでは『町がなくなってしまう』という危機感があったと思います」

それと、山形さんいわく「下川の人は新しいもの好きで、初めてのことを面白がる人が多いんです」。ここにもやはり、危機感とワクワク感。
また下川の魅力の源を見つけた。

下川町は移住者の数が多いことでも知られる。下川町森林組合では全国から人材エントリーを受け付けていて、林業経験のない人が応募し移住することも多い(写真提供:下川町)

森とイエ

地域の工務店と建築家が協働し、これからの北海道らしい住宅を創造するプロジェクト。「地域を守る人材を育む」「自由で安心な家づくりを地域に広める」「地域らしさを創造する」の3つをミッションに、下川や北海道の森を活かす家を提供している
WEBサイト

一般財団法人下川町ふるさと開発振興公社
北海道上川郡下川町幸町95
TEL : 01655-5-2770

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