北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
【模様デザイナー】

「冬に夏を待ち遠しく思う感覚も模様にしたい」

vol.12 
点と線模様製作所 岡理恵子さん/札幌市
目の前に広がる風景や草花、動物たちを取り立ててスケッチすることはない。
なのに、さらっとした風や雪の音、陽だまりや野生動物の気配など、
岡理恵子さんが生み出す模様には、どことなく北海道の色や空気を感じる。
モチーフとなる瞬間、発想の転がし方、作品ができるまでの過程を探ってみた。
矢島あづさ-text 伊田行孝-photo

結局、私には模様しか残っていなかった

「絵を描くという感覚は、ほとんどないんです」。岡理恵子さんが何気なく口にしたその言葉に耳を疑った。模様デザイナーらしからぬその真意を確かめると、旭川で過ごした学生時代にさかのぼる。岡さんの経歴は、テキスタイルデザインや染織を学んだ美大生とは少し違う。東海大学芸術工学部で学んだ「空間デザイン」が、そもそもの原点だ。卒業制作のテーマに選んだのは壁紙。「カーテンのようにすぐ交換できるインテリアよりも、壁紙の方が空間デザインとして、人に影響する模様を多く学べる」と恩師が指導してくれた。

お手本としたのは、身近な植物などをモチーフにした壁紙やステンドグラス、美しい書籍もデザインした英国のウィリアム・モリス。産業革命で失われた手仕事の美しさを追い求め、生活と芸術を結びつけるアーツ・アンド・クラフツ運動を世界各国に広め、“モダンデザインの父”と呼ばれた。岡さんはモリスの壁紙を木版で再現し、模様の構成や作り方を学んだ。やがて、生活の中の模様は人に心理的な影響を与えることを知る。たとえば、右利きの人が左上に向かっていくようなデザインを見ると違和感や不安感を持つこともある。逆に人の気持ちを落ち着かせたり、リフレッシュさせたり、日常空間で使われることを意識しながら、心地よい模様づくりをめざした。

しかし、雑誌や映画ではモリスのような壁紙も馴染むが、日本の一般的な実生活を考えると、カラフルで個性的な模様の壁紙を発信するのは難しい。卒業後、小樽の実家に戻ってアルバイト生活を始めるが、自分のできることが限られており、社会で器用に働けない日々。岡さんは「私には模様しか残っていない。これで食べていくしかない」と気づき、2008年、布地の模様デザイナーとして歩み始めた。

普段何気なく見かける野草をモチーフにした2018年の新作「yasou」


子どもの頃、 道ばたの草を取りながら近道を探して帰った家路をイメージした「roadside」は、こんな切り絵の原画から生まれた


「生まれは札幌ですけれど、模様づくりを始めたのも、作り方を覚えたのも、旭川です」と岡さん

絵本や連想ゲームのように発想を転がす

岡さんの模様を生み出す過程は独特だ。目の前に見える風景や植物をデザインするのではなく、心に留まったものを言葉で記憶し、まるで絵本のように空想をどんどん広げていく。たとえば、ある日、雪の上にキタキツネの足跡を見つける。そこから、みんなが寝静まった頃に山から下りてきて街をうろつき、また山に戻って行くようなストーリーを想像する。子どもの頃に読んだイソップ物語を思い出し、人間とは違うキツネの目線から見えるものはなんだろう、と発想を飛ばす。そうして出来上がった模様が「キツネノ小道」だ。

山の中を歩くキツネの世界を描いた「キツネノ小道」(右)、どこまでも続く深くて大きな森をデザインした「mori」(左)で作ったポーチやハンカチ、缶バッチ


「北海道の人は、雪の季節に夏を思う。待ち遠しい感覚ってありますよね。そんなニュアンスも表現できたら」と岡さん。仕事をしながら、よく聴くのはAMラジオ。自分の好きな曲を繰り返し聴くよりも、誰かがリクエストした音楽と全国から届いたハガキを読む声が、なんとも心地いいらしい。お便りが読まれて「あの地域ではこんなことがあるんだ」と想像したり、「ああ、自分もそういうことあったなぁ…」と思い出すことで、ぽっと模様が浮かぶこともあるという。

模様を作る上でのルールは、動物を多用しないこと。「動物を入れると、それだけで売れてしまいがち。でも、模様本来の力を弱めてしまうのではないか、キャラクターに頼らないと描けなくなるのではないかと不安になるので、今年、動物を描いたら、翌年は封印するようにしています」

リスがどんぐりをひろったり、ほおばったり、丸まったり、かけていったり。鉛筆とボールペンで描いた「リスノシグサ」の原画。上下左右につながるように工夫されている


水彩絵の具で描かれた「tanpopo」の原画。風が吹くとさわさわと揺れ、黄色と緑の波がたつような一瞬の風景を表現した


色指定に使うカラーチップは、市販のものに思うような色がないときは、自分で作る


原画をスキャナーでパソコンに取り込み、模様がうまく連なるようにリピートをかけていく。「来年は、豊平川の土手で風に揺られていた草をモチーフに、久しぶりにスカートを作る予定です」

本州と比べて北海道は色がクリアに見える

原画は手描きや切り絵。繊細なタッチにしたいときは水彩、大胆な柄はクレヨン、刺繍のときは鉛筆やボールペンなど、それぞれ描きたい模様によって画材を使い分ける。「うまい絵を描けば、いい模様になるとは限らなくて。ただ、学生時代から自分でモチーフを見つけて、規則性やリズムを感じてもらえるように図案化する訓練をしてきました。初期の模様は点と線のみで表現することも多く、画材が持つ質感や素材感の力を使って、思い描いた模様を表現してきた気がします。自分なりのカタチが生み出せるように、今でも悩みながら描いています」と、意外なことを口にした。

点と線模様製作所の店内。前に並んでいるのは新作「yasou」で作られたバッグ。自分で手作りできる違うサイズのキットも販売されている

レースチャームをワンポイントにしたハンカチやアクセサリーなど、シックな色合いなのに女子の心をくすぐる

暗く静まりかえった森から鳥の鳴き声が聞こえ、なんとも不思議な気持ちになった夜のことを模様にした「bird garden」

新作は1年に1、2柄。4~6月は東京を始め、大阪、京都、倉敷など全国各地で行われる販売イベントに参加するため、その時期をめざして1年前から新作の準備をする。「北海道を強く意識して模様を考えているわけではないけれど、お客さんによく、北海道らしい色や雰囲気があると言われます。本州と比べると、空気が澄んでいるから色の明度が高く、クリアに見えるし、冬にまちが雪で覆われたりすると、まぶしいくらいに色が鮮やかに感じられる。そういった経験ができるのは、北海道に住んでいたから。作品に大きく影響していると思います」。今後、やってみたいことはあるかと聞いてみた。岡さんは「う~ん、う~ん、う~ん」としばらく考えて「ない」と、きっぱり答えた。「新しいことを始めるよりも、お客さんがたくさんの模様の中から自分の1つを選べるように、これからも模様づくりを続けて増やしたい」

倉敷意匠計画室とのコラボで作ったマスキングテープ。凸版印刷で作られたカードなどもあり、プレゼントのメッセージやパッケージも点と線ワールドで演出できる

北欧ファブリックと雑貨の専門店FIQ(フィーク)では、岡さんがデザインした布を使ってランプシェードもオーダーできる


「布博 in 東京 vol.11」に参加します!!

テキスタイルや刺繍作家、手芸用品店など、布にまつわるつくり手が全国から集い、展示販売を行うイベント「布博」。点と線模様製作所は、2週目の「ハンカチに恋する週末」に出店します。
日程/8月31日(金)~9月2日(日)
時間/金・土曜日 10:00~18:30、日曜日 10:00~18:00
会場/町田パリオ 東京都町田市森野1-15-13 
入場料/500円(小学生以下無料)
WEBサイト



点と線模様製作所
北海道札幌市中央区南1条西15丁目1-319 シャトールレェーヴ306
OPEN/木・金・土・日曜日
営業時間/12:00~18:00 
TEL:011-215-6627 
WEBサイト

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