博物館は、都市の自画像だ。
自分とは何か、そして自分は何によって形作られているのかを省みながら、
まちが世界とどう関わりたいのかと思考し、発信する実験装置。
都市の名前を冠した博物館には、
その土地のエッセンスと、そこから広がる
もうひとつの時空間への扉がある。
境界都市の新しいまち歩きを、まず市立函館博物館からはじめよう。
市立函館博物館は今年、本館建物が開館して50年のメモリアルイヤーを迎えている。しかしその起源は、開拓使の時代にまでさかのぼる。
開拓使とは、1869(明治2)年から1882(明治15)年まで存在した、北海道の開拓をつかさどる官庁。開拓使のお雇い外国人のリーダー(御雇教師頭取・開拓顧問)ホーレス・ケプロンは、黒田清隆に請われて1871(明治4)年に来日するや、北海道の開発のためには土木基盤の整備や産業振興とともに、高等教育機関や博物館、図書館を立ち上げることが欠かせない、と建言した。これを受けて1875(明治8)年、東京の開拓使仮学校跡(芝の増上寺境内)に北海道物産縦観所が設けられ、77年には札幌の偕楽園に博物場が開場。そして1879(明治12)年5月、開園した函館公園内に、開拓使函館仮博物場が開場する。下見板張りの、北米スタイルの瀟洒(しょうしゃ)な建物だった。
函館に博物場の設置が決まった時点で、展示資料集めには地元民も駆り出された。魚や動植物、鉱物などで珍しいものがあればぜひ持参せよ、と支庁から公示があり、これにたくさんの一般人が応えたのだ。北海道各地に先住していたアイヌ民族の物品も寄せられた。さらには、東京大学理学部教授エドワード・S・モースと、同大初代植物学教授の矢田部良吉が、自ら調査した北海道の貝類と植物の標本を寄贈したり、函館在住の貿易商・博物学者のトーマス・ライト・ブラキストンと福士成豊(ブラキストンに導かれて日本初の西洋式気象観測を行う)からは、1300羽以上の日本の鳥類剥製が寄贈された。
和人にとっては広大な未開地が広がるばかりのこの土地が、はたしてどんな土地であるのか。そのことを共に学び、探究心や知識を開拓の、そして愛郷の糧にしよう。函館博物館創設の根底には、開拓移民の国アメリカから来たケプロンに由来する、こうした精神があった。
仮博物場にあった展示ケースは、140年近く経ったいまも現役で、大切に使われている。加えて、1879年開場の仮博物場(現在の名称は旧函館博物館1号)も、なんと現館のそばにそのままの姿であり続けている。その左手にあるのが旧函館博物館2号。これは、開拓使廃止(1882年)に伴い、東京の開拓使博物場にあった民族資料の一部が移管されて開館(1884年)した施設だった(ともに内部は非公開)。ふたつの館は、明治期初葉の日本の博物館の姿を伝える、きわめて貴重な資料。北海道の官庁建築物としても、特段に稀少なものだ。
函館博物館は、北海道や日本の博物館の成り立ちを体現しているとてもユニークな博物館だ。近年は公立はこだて未来大学との共同で、新たなグラフィックの表現展開や、プロジェクションマッピングによる画期的な展示手法の開発など、日本で最初の開港都市(函館・横浜・新潟・神戸・長崎)にふさわしい、進取の取り組みにも注目が集まっている。
1993(平成5)年には、1926(大正15)年築の旧日本銀行函館支店を改装した函館市北方民族資料館が開館。こちらにはまず、1879(明治12)年から1886(明治19)年にかけて篤志家や開拓使によって収集された函館博物館旧蔵資料(北方民族分野)がある。そして、北方民族学研究の世界的な権威馬場脩が集めたアイヌ民族資料(馬場コレクション、国の重要有形民俗文化財)や、北海道大学名誉教授児玉作左衛門が収集した、個人収集資料としては驚異的な数量に及ぶ児玉コレクションが収蔵されている。
観光スポットの巡礼に終わらない切り口や深さで函館を歩こうとする人に、市立函館博物館と函館市北方民族資料館の展示や収蔵品群は、最良のガイドでありパートナーだ。
では、カイが注目する収蔵品群を紹介していこう。
(※現在展示されていないものも含みます)
箱館奉行所をめぐる歴史の入り口。 旧箱館奉行所棟札 |
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函館とロシアの深い関わりが見えてくる。 ロシア語看板 |
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復興は函館史の軸。 昭和の函館大火遺物 |
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砲弾が激烈に飛び交った箱館湾。 回天搭載の砲弾 |
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明治新政府軍の軍艦の一片。 朝陽船名板 |
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ここにいる、箱館戦争の兵士たち。 恒吉休右衛門・半兵衛 遺品 |
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天才斐三郎の直筆図面。 五稜郭初度設計図 |
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幕末の俊英たちを呼び寄せた教育。 箱館諸術調所学寮書付 |
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ウラジオストクからもたらされたアイヌ史。 永寧寺記拓本 |
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幕末からの濃密な時間がしみ込んだ書簡。 イギリス領事館文書 |
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地名にもなっていたロシア人実業家。 デンビー関係資料 |
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箱館戦争と箱館病院を語るもの。 高松凌雲の顕微鏡 |
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戊辰戦争と文人墨客(ぶんじんぼっかく)。 凌雲先生を讃える詩画 |
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はじまりとしての箱館戦争。 山水図 |
一着の北東アジア史。 蝦夷錦(えぞにしき) |
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ロシア文化とアイヌ文化の交差。 パラライキ |
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北方史の海原に浮かぶバイダルカ。 アリュートの3人乗皮舟 |
提督からの贈り物。 函館市指定有形文化財「ペリー提督寄贈の洋酒瓶」 |
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波響の笑顔を想像したくなる。 蠣崎波響『復藩祝』 |
縄文人が津軽海峡を渡った舟!? 戸井貝塚出土舟形土製品 |
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北海道にいないイノシシがなぜ? 北海道指定有形文化財 「日ノ浜遺跡出土の動物土偶(イノシシ形土製品)」 |
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北海道考古学史のメルクマール。 北海道指定有形文化 「サイベ沢遺跡(円筒下層式土器)」 「サイベ沢遺跡(円筒上層式土器)」 |
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ブラキストンから寄贈された考古学資料。 ブラキストンの磨製石斧 |
北洋漁業最盛期の遺産。 高川コレクション |
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明治の道南の豊かさを思う。 マダカアワビ |
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「新天地」と交わるための一歩。 液漬標本(ニシン・サンマ・ヨウジウオ) |
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修院長が愛した鉱物世界。 岡田普理衛の鉱物標本 |
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海から知る。函館の風土。 魚類標本 |
主な参考文献
・『函館博物館100年のあゆみ』(市立函館博物館)
・『はこだて博物史』(市立函館博物館)
・『函館市史』デジタル版
・『函館・ロシア その交流の軌跡』清水恵(函館日ロ交流史研究会)
・『トーマス・W・ブラキストン伝』彌永芳子(八木書店)(『蝦夷地の中の日本』トーマス・W.ブラキストン 付篇)
・『五稜郭 箱館戦争』市立函館博物館
・『市立函館博物館研究紀要 第3号』(描かれたデンビー一族、市立函館博物館の貝類標本)
・『千島樺太交換条約とアイヌ』(市立函館博物館)
・『函館市の文化財』(函館市)
・『武田斐三郎伝』白山友正(北海道経済史研究所)
・『ロシア極東民族の歴史と文化』(北海道開拓記念館)
・『ラッコとガラス玉』(国立民族学博物館)
・『幕末・明治の国際都市ハコダテ』(はこだて外国人居留地研究会) ほか
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